魅力を伝えることこそ 売りの原点
VOL.333 / 334
楠神 卓 くすがみ たく KUSUGAMI Taku
株式会社フォーバイフォーエンジニアリングサービス 代表取締役社長
和歌山大学経済学部卒。2004年にタイヤ・ホイール専門店「クラフト」へ入社。中川本店、鈴鹿店を経て、関東初出店となる厚木店の店長を務め、独自に始めたブログを活用して店舗を黒字化。その後、全店のマーケティングや販売企画を担当。2012年のM&Aによるグループ入りを経て株式会社コメ兵への出向を経験し、現在は株式会社フォーバイフォーエンジニアリング代表取締役社長を務める。
HUMAN TALK Vol.333(エンケイニュース2026年9月号に掲載)
幼い頃から無類の車好きだった楠神氏。就職氷河期に直面しながらも、タイヤ・ホイール専門店「クラフト」に入社後、販売の才能を開花させていきました。しかし、本当の転機は「売る力」よりも「お客様を呼ぶ力」の重要性に気づいたこと。今回は、車に囲まれて育った少年時代から、後のブランド経営につながるマーケティングの原点を身につけるまでを振り返っていただきました。
魅力を伝えることこそ 売りの原点[その1]
母の愛車「ダルマセリカ」の前で
自動車との関わり方で選んだ大学
車は本当に小さい頃から好きでした。幼稚園の通園途中に、走っている車の名前を片っ端から言いながら歩いていたそうです。両親も車好きで、母は結婚前にギャランGTO、私の幼少期には通称ダルマセリカに乗っていたほど。当時の女性としては、かなり珍しかったと思います。父もF1などモータースポーツを見るのが好きでした。そんな環境だったので、自然と車好きになったんでしょうね。 小学生になるとラジコンやミニ四駆に夢中になり、中学、高校ではF1やGTをよく見ていました。大学を選ぶ頃になって「自動車部のある大学に行きたい」と考えるようになりました。和歌山大学を選んだのは、自動車部に入れば、鈴鹿サーキットでコースオフィシャルやマーシャルの仕事もできたり学生ジムカーナもできると聞いたから。勉強より先に、車を楽しめる環境で大学を選んだようなものです。 入学後は国内B級ライセンスを取得してジムカーナやカートを楽しみ、休日は鈴鹿で働きました。そこでホンダの開発に携わる方々とも知り合い、「絶対にホンダに就職するぞ」と思うようになったんです。 ところが、卒業時は就職氷河期の真っただ中。ホンダ、トヨタ、デンソーなど自動車関係を片っ端から受けましたが、ことごとく落ちました。就職浪人できる余裕もなく、どこかに決めなければいけない。そこで、たまたま会社説明会に参加したのが東海エリアを中心に展開しているタイヤ&ホイール専門の「クラフト」でした。
鈴鹿オフィシャル時代(本人前列右端)
クラフトで見つけた自分の武器
クラフトに決めたのは、当時の社長から説明会で「うちに入ったら、毎年鈴鹿サーキットを走れるぞ」と言われたのがきっかけ。お客様との走行会を大切にする会社で、社長自身も社員も走る。「それ、めちゃくちゃ楽しそうやん」と思って、2004年に入社しました。 最初に配属された中川本店は名古屋の中心部に近く、スポーツカーや輸入車など、いい車に乗ったお客様がたくさん来る店でした。ピットを早めに卒業させてもらった私は、販売にまわると上々の成績をあげることができ、そこで「自分は売れる」と自信を抱くようになりました。ただ、後になって考えると、自分の力だけではなかった。クラフトという看板があって、お客様が来てくれていたから売れていたんですよね。 そのことに気づいたのが、新しくオープンした鈴鹿店への異動でした。名古屋では店頭に立っていればお客様が来ましたが、三重県ではクラフトを知らない人も多く、初めて「集客しないと販売そのものが始まらない」という事態に直面しました。一方、鈴鹿サーキットが近いので、走りにこだわるお客様は多かった。そこで大学時代の経験を生かし、アライメントやバネレート、減衰力まで含めてセッティングを提案しました。「鈴鹿のS字でどうだった?」などと聞いて、「だったら次はここを変えてみましょう」というような接客です。そうやってコアなお客様が増えていき、店長から「全店で一番になれ」と背中を押してもらったこともあって、最終的にはクラフト内の個人売上成績で年間1位になることができたのです。
シビックを駆ってお客様と車の喜びを共有していた
「クラフト」の走行会にて
「良さ」を表現することの 大切さを知る
その後、2008年に関東初出店となる厚木店の店長に抜擢されました。年間売上1位の実績も引っ提げて、それなりに自信を持って乗り込んだものの、オープンして半年間、本当にお客様が来ない。それで始めたのがブログです。当時、今の様なSNSもない中でクラフトとしてもブログは初めてで、何の勝算も無いままのスタートです。最初はお客様が来ないからネタもない。仕方がないから、自分の車で箱根を走ってドライブコースや途中で食べたラーメンを紹介したりしていました。すると少しずつ、「ブログ見たよ」と来店する人が現れ始めました。施工事例を1台載せれば「同じようにしてほしい」と同じ車種のオーナーが来る。それをまたブログに載せる。その繰り返しです。効果が出るまでには1年ほどかかりましたが、2年目には店舗も黒字化。この経験でどれだけいい商品でも、その良さを表現できなければ存在しないのと同じだと気づいたんです。 名古屋へ戻されしばらくした後、営業企画部へと異動に。そこで全店でのブログ導入を提案し、各店舗の担当者に写真の撮り方や文章の書き方まで指南しました。今ではクラフトのブログが車のカスタムに関する検索で上位に出てきますが、その原点は厚木店で「何かやらなきゃ」と始めたブログだったんです。 その後、2012年にクラフトがM&Aにより株式会社コメ兵のグループ入りをしたこともあり、私は株式会社コメ兵へ出向してマーケティングと経営を本格的に学ぶことになりました。そこで一番強く感じたのは、どれだけマーケティング理論を勉強しても、最後にお客様が何を感じ、何を欲しがっているかという〝ラストワンマイル”は、その業界を知る人間にしか分からないということです。 出向で得た知見は小売の現場に還元するつもりでした。しかし、次に私に託されたミッションは、メーカーである「フォーバイフォーエンジニアリング」の経営でした。 ここから、私の仕事は〝小売”から〝メーカー”へと大きく変わっていくことになります。
HUMAN TALK Vol.334(エンケイニュース2026年10月号に掲載)
タイヤ・ホイール専門店の現場で「伝える力」の重要性を知り、株式会社コメ兵への出向でマーケティングと経営を学んだ楠神氏。その経験を託された先が、老舗四駆ブランド「フォーバイフォーエンジニアリング」でした。歴史も商品もある。しかし、その価値が世の中に伝わっていない──。後編では、ブランド再建から社長就任、そして世界No.1を目指す未来について語っていただきました。
魅力を伝えることこそ 売りの原点[その2]
アメリカの匠ユーザーのLC250と。ユタ州で撮影
いいものでも、伝わらなければゼロ
フォーバイフォーエンジニアリングに本格的に関わり始めた頃、ホームページはありましたが、機能していないに等しく、雑誌にも広告にもほぼ出ていませんでした。でも、私自身が昔からランクル乗りで、当社の代名詞的ホイール「ブラッドレー」を履いていたんです。「四駆乗りならブラッドレー」というイメージは自分の中にもありました。だから会社を見たとき、最初に思ったのは「もったいない」でした。 いくらいいものを作っていても、表現できていなければゼロと一緒。だから最初は、新しい商品を作ることより、今あるものをきちんと表現することから始めました。
そこで大きな武器となったのが、この会社の歴史でした。探してみたら、パリ・ダカールに出場した記録や、昔のネガフィルムがたくさんある。「こんな面白いコンテンツがあるのに、誰も知らないじゃないか」と思って、ネガをデジタル化し、WEB上で発信しました。
ブラッドレー40周年のときには、全国のブラッドレーユーザーに会いに行き、一緒に写真を撮る企画を行いました。国内だけでは飽き足らず、フィリピン、タイ、マレーシアまで行き、最終的には300台近いユーザーとの写真が集まったと思います。ユーザー自身がSNSに写真を載せて、自発的に魅力を発信してくれる。それを見た次の世代が「四駆ならブラッドレーなんだ」と知ってくれる。 新しいものを作る前に、会社が持っていた資産を掘り起こして、価値を伝える。それが最初にやったことでした。
第9回パリダカにて、チームACPランドクルーザーBJ71Vが改造ディーゼルクラス優勝。総合19位を獲得
「いつかは欲しい」と思われる存在へ ーーーーー 匠の挑戦
既存の商品群を分析したところ、やはり軸となる商品はブラッドレーでした。そこで次に考えたのが、「どうすればブラッドレーを憧れのブランドにできるか」ということです。ホンダがTYPE Rを作るように、トヨタがレクサスを作るように、ブラッドレーにも最高峰が必要だと思ったんです。それで作ったのが鍛造ホイールの「匠」です。
妥協のない品質と鍛造ならではの造形を極限まで追求した結果、製造には非常に高度な技術と手間が求められ、大量生産には到底向かない仕様になりました。会議では当然、「これでは数が見込めない」と懸念の声が上がりました。でも私は、「これは数を追うための商品ではなく、ブランドのシンボルなんです」と答えました。簡単には手が届かなくても、「いつかは『匠』を履いてみたい」という圧倒的な憧れの的になること。それがブランドへの深い信頼に繋がり、「だからブラッドレーが欲しい」と思ってもらう。究極のモデルが存在することで、ブラッドレーシリーズすべての魅力がさらに深まる。そう考えたんです。「匠」単体で結果を求めるのではなく、この挑戦を通じてブラッドレー全体を育てていく。社内では、レクサスやモータースポーツの例も出しながら何度も説明しました。結果として、そこからブラッドレーは、より多くのお客様から深く愛され、選ばれるブランドへと成長していきました。
私たちがやるべきなのは、お客様に「欲しい」と思ってもらえる状態をつくること。その考え方は、厚木店でブログを始めた頃から変わっていません。
匠 商品画像
社長になって見据える次の時代
社長になってみて一番変わったのは、リスクを考えるようになったことです。社長に就任する前、いち責任者として言いたいことを言っている時はアクセルだけ踏んでいればよかった。でも社長になると、当然ですがちゃんとブレーキも考えなければいけない。だから今は、逆に私を突き上げてくれる次の人材を育てなければいけないと思っています。車が好きなだけではなく、経営でもマーケティングでも何か一つ武器を持って、自分に意見を言ってくれる人が必要です。
海外も現在は15カ国ほどまで広がっていますが、伸びているからと言って海外だけを追いかけるつもりもありません。フォーバイフォーエンジニアリングは日本のブランドです。まず日本人に使ってもらい、日本の四駆にブラッドレーが履かれている。それを海外の人が見て「自分も欲しい」と思う。そういう順番でありたいんです。
エンケイさんにもブラッドレーの一部の鋳造モデルを製造していただいていますが、私たちは「エンケイ製」であることを伝えています。特に海外では、エンケイという名前そのものが大きな信頼になりますので、海外市場を考える上で非常に大きいですね。
これから目指したいのは、ラダーフレーム構造を持つ四駆の領域で、世界No.1のホイールブランドになることです。そして、メイド・イン・ジャパンにこだわりながら、日本で選ばれ、その姿を見た世界のユーザーから自然と選ばれるブランドにしていく。 それが、これから私がつくっていきたいフォーバイフォーエンジニアリングです。
ENKEI製の新作BRADLEY V EVO Spec-C
競技に使用されることを目的とし、軽量で丈夫な最新モデル
